ポール・ヴァレリ−『ムッシュー・テスト』(岩波文庫)

 ムッシュー・テストは中間領域に現われる。それはなによりもまず知識人階層と無名の大衆たちとのあいだの社会集団的な地帯であり、劇場の舞台と観客席とのあいだであり、また覚醒と眠りとの狭間であり、あるいは首都(パリ)へと移行する夜間列車の客席の中でもあり、昼間と夜の闇を分かつ不分明な黄昏時の公園でもある。彼はまたみずからの言説をも、他者の伝聞形に譲り渡し、あるいはまた書簡の形式のもとに幾重にも折り畳むことを忘れない。自己韜晦による自己顕示とでもいうべき屈折した自意識の開示がここにある。
 もっとも自意識とはいつだってそのようなものなのかもしれない。


ムッシュー・テスト (岩波文庫)

ムッシュー・テスト (岩波文庫)