松本大洋/永福一成『竹光侍』(1)

竹光侍 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

竹光侍 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

 amazonにオススメられて『竹光侍』を購入。松本大洋の漫画は『ピンポン』までは一応押さえていたのだけれど、それ以降はほとんどフォローしていない。最後に読んだ作品は描き下ろしの『GOGOモンスター』だったはずで、それすらも確か一昨年、なしくずし的に(しかしまったく躊躇なく)結果的に手放してしまった格好で、なんというか、この人の漫画はもう読む必要がないなという感じだった(ただ、当時雑誌連載中には漫然と追いかけていた『鉄コン筋クリート』は、映画化されたこの機会にもう一度あらためて読み直してみたいなと思ってる)。
 久しぶりに読んだ(というか、目にした)松本大洋の漫画は、まずその絵柄の変化に目を引かれる。かつての小刻みに震えるみたいな(しかし、線それじたいの強弱には乏しい、ロットリングで引かれているような単調な)描線のかわりに、何度もなぞり直されて毛羽立ったような、竹ペンとか毛筆による描線を思わせる質感がおもしろいと思う。もともとアートっぽいスタイリッシュな(独自の様式美にのっとった、鼻に付くっちゃ付く)線を描く人だったけど、これはなんだろう、引き始めた線を引き終える時間をできるだけ先に延ばそうとしているかのような、ちょっと倒錯的というかナルシシズム的なところもあるような気がする。かつての、あの輪郭のぶるぶる震える描線がけっきょくは右往左往する一本の線から出来ていたとすれば、かすれて毛羽立つ描線が引かれるここでは、無数のペンの微細な引き直し、引き足しから輪郭が形作られている。主人公・瀬能宗一郎の顔の造作の描写に顕著だけど、輪郭それじたいも、一個の確固とした形象として完結して閉じられるということには無関心だ。斜め下あたりから仰角で見上げられる(ちょうど手習い小僧勘吉の視点あたりから見られる)瀬能の、画面からは影になる側面の狐みたいに吊り上った目が、つねに瀬能の顔の輪郭線の外側(空中)に描かれているさまは、とても印象的でおもしろい(ピカソの描く人物みたい、というか、下手すると「まんが日本むかしばなし」さながらの、ある種「名人の自在な手癖」だけで描かれるようなつまらない絵になってしまいかねない危ういところだけど)。
 物語の内容にかんしては、登場人物たち幾人かの顔見せがようやく終わったというこの段階ではまだなんとも言えない。ただ、「花男とシゲオ」とか「シロとクロ」とか「ペコとスマイル」とかいった、欠如を抱えたペア双方が互いの欠如を補いあってさらなる高みへ、みたいな、弁証法バンザイ!的な松本大洋通例の展開はいまのところなさそうでホッとしている。思うに、原作者である永福一成という人の影響が大きいのではないだろうか? 自分ひとりの作品の中で抽象的に配置される(物語の構成要素として操作されうる)ペアが問題なのではなくて、松本大洋という人には、具体的な他者として漫画家その人を不意打ちする、本当の意味での油断のならない「ペア」が必要なのではないだろうか。この二人がそういうカップリングであることを、漫画それじたいが証明してくれるような展開を期待したい。してもいいような気がする。楽しみだ。