ミシェル・ビュトール『心変わり』

心変わり (岩波文庫)

心変わり (岩波文庫)

 ヌーヴォー・ロマンの作家の作品を読んだのは初めて。二人称で語られる小説といえば、そう言えばむかし、ロアルド・ダールの短篇で「あなたに似た人」という作品を読んだ記憶がある(随分前のことなんで、作家名も作品名も記憶違いしているかもしれない。めんどくさいから確認もしない)。
 翻訳の清水徹さんもあとがきで似たようなことを書いているけど、語りの焦点に据えられている人物(主人公)が非人称(匿名)の話者によって「きみ」と呼びかけられるかたちで進行するというこの作品の説話のスタイルでは、焦点化された作中人物(「きみ」)に関する筈の物語内部の記述が、読み手であるわたしたち(同様に、「きみ」)の意識にじかに接続されるような錯覚がしばしば起こる。記述内容のレヴェルに対する読み手の距離感が動揺したまま、閾のうえで終始ふわふわしている感じがつきまとって離れない。物語の言説水準でのそのような揺動はまた、パリからローマへの列車旅行における空間的な移動の主題や、醜く老いはじめている妻を捨てて、美しく、瑞々しい不倫相手への恋愛の対象選択の移行、あるいは、主人公である(若さと老いとの年齢的過渡期の主題を担いもしよう)中年男性「きみ」の心境のひび割れにも似た「心変わり」の崩落過程や、自在に跳躍する時間構成、描写対象の具体的な形象を介した連想の飛び火のような緻密な連接、列車の「三等客室」という舞台設定が要請するような継続的な揺れと居住まいの落ち着かないさま、……等々、物語内容における同様の、無数の揺れ動きを、正当にも招きよせている。希ガス